個人的に好きな音楽グループに「帰って来たヨッパライ」で一世を風靡した同じ世代の方であればだれでも知っているフォーク・クルセダーズが君臨します。学生時代には5人組として活動していましたが、卒業を期に解散してそれぞれの道に落ち着こうということになり、その自分たちの活動の記念にとして当時としてはとてもめずらしい自費出版でのLPレコード制作をされました。たしか300枚だったと記憶しています。自費制作ですから当然自分たちの好きな曲を好きなように構成することができるわけですが、制作にあたってそれまでに自分たちが作った曲ではLP的に曲数がたりない。2曲ほど新たに作らなくてならないということで、おもしろ半分に半分真剣につくった曲が「帰って来たヨッパライ」だそうでもう1曲が「イムジン河」だそうです。そんなおまけに入れた曲がグループ解散後に深夜ラジオから人気が出始めて、そして空前の大ヒットとなるわけです。ただ一度グループは解散してしまっていたので、オリジナルのメンバーの北山修と加藤和彦の二人に新たに一人はしだのりひこを加えて一年間の期間限定ということで活動を再開します。そして作詞北山・作曲加藤のコンビでヒット曲を生み出してゆきます。
映像はすべて第3期のフォークル(2002年に はしだのりひこ の代わりにアルフィーの坂崎幸之助を起用)ですが
一曲目は「白い色は恋人の色」。1969年にアメリカ人デュオ「ベッツイ&クリス」に書き下ろして大ヒットした曲です。片言っぽい日本語に多少違和感を感じていましたが、この二人の歌唱の方がこの歌のよさが格段とアップしている気がします。古き良き日本人の心的な哀愁を暗くならずに明るくサラッとメロディーにする加藤和彦のすばらしさと、たぶん2曲目の歌詞と姉妹曲的な内容になるのでしょうがこの北山修の詩は、今どきの音楽についてゆけてない自分にはなつかしさ以上のものを強く感じます。
二曲目は、「あの素晴しい愛をもう一度」。発表は1971年。日本人なら誰でも知っている名曲。編曲は日本のギター演奏のパイオニア石川鷹彦さん。ある意味イントロだけでも名曲。北山・加藤・石川という3人の天才のこれぞ神曲中の神曲。日本音楽史に燦然と輝く名曲と思っています。
三曲目は「悲しくてやりきれない」発売は1968年。作詞は訳あってサトーハチロー氏。「イムジン河」のシングル発売が政治的背景で急遽中止になって、代わりに制作されたために大御所サトー氏がひっぱりだされたとのこと。曲は加藤和彦ですが3時間でつくった(つくらされた)とご自身が回顧しています。このメロディーで北山さんがつくったらどんな詩になったか。もしかしたらダミーでかかわっていたかもしれませんが。
そして本題の4曲目。前置きが必要以上に長くウンチクうざくなってしまいましたが、そんなフォークルが、「死」というものを否定的ではなくある意味肯定的に歌にしたらどうなるのか。当時自分たちの今の年齢に近い60歳ぐらいでつくられた曲です。曲名もまさしく「感謝」です。
最後までおつきあいありがとうございます。最後の曲は名曲とかヒット曲ではないのでしょうが、なぜか心に残る曲です。聴いてくださった方の座右の片隅にでも置いていただければありがたいです。
やはりおまけで、2002年に第三期フォークルとよばれるメンバーがNHKホールで「新結成解散音楽會」という一度だけのコンサートの模様はTVでも放送され、その映像がアップされています。時間があるときにでもどうぞ。